ホイットニー・ヒューストンのファンじゃない人に、ホイットニーの話題を振ろうとすると、「ボビー・ブラウンと結婚して薬物に溺れて命を落とした人でしょう? 」といった返しをされることがあります。
実際はボビー・ブラウンが理由でコカインを始めたのではなく、ホイットニーはかなり若いころからドラッグに手を出していたようですが、結婚後にキャリアが低迷し始めて、48歳という若さで亡くなってしまったのは事実。でも、そこで話を終わりにしたいわけではなく、語りたいんです。だって、すごい人だから。
なんでこんな話を始めたのかというと、現在、映画館で『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』が公開中なんです。約2時間半と長めなので、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』と比べて視聴を見送った人もいるかもしれません。
でも、ぜひ映画館で観てほしいんです。全盛期だったころのホイットニーの歌声を楽しめたり、コンサートの擬似体験ができるんですから。
ホイットニーと言えば…えーっと…
ホイットニー・ヒューストンは伝説的な歌手です。女優としてのキャリアもあり、そっちでも有名ですが、基本的に歌手、しかも半端なく上手い歌手です。
どれくらい上手いのかというと、音程を補正するソフト「オートチューン」と比較して語られたり、「CDよりコンサートで聴く生声の方がヤバい」と言われたり、CDをエンドレスリピートすると聴いている人の精神が崩壊したりするレベル(注訳)。アカペラもゴスペルもポップもバラードも、どんな難易度でも歌えるホイットニーは、「ザ・ヴォイス」と呼ばれていました。
彼女の代表作は、映画『ボディガード』の主題歌にもなった「I Will Always Love You」でしょう。
ちなみに、この曲はもともとドリー・パートンというシンガーソングライターが歌った曲でしたが、それを共演のケビン・コスナーが「ホイットニーに歌わせてみては」と提案したそう。全米チャート14週連続1位を獲得し、ホイットニーといえばコレ、といった具合に流れるので、ホイットニー世代じゃなくても聴いたことがあるはず。
しかし、この代表作からしばらくして、徐々にキャリアが低迷し始めるんですよね。きっかけは悪ガキのイメージが強かったR&B歌手のボビー・ブラウンとの結婚。2人が一緒になったことでドラッグを常用するようになり、特に娘であるボビー・クリスティーナ・ブラウンが生まれてからはひどくなったと言われています。
多くの人はホイットニーの低迷期以降を強烈に覚えていると思います。なにせタブロイドは連日のようにホイットニーの夫婦問題や、おそらくドラッグの影響による激痩せの様子などを報じていたし、最終的にはドラッグ中毒であることを公にしてリハビリセンターに入るも克服できず、オーバードーズをきっかけとする浴室での溺死により48歳という若さでこの世を去っていますから。
だから、ホイットニーを語るとき、ザ・ヴォイスなのか悲劇の人なのかわからなくなると思うんです。私は40代で、ホイットニーの曲が流れる家庭で育ったのでファンのひとりであることは間違いないのですが、なにせスキャンダルの印象が強烈すぎて、ホイットニーを上手く語れずにいたんですよね。話そうとすると、どこから始めればいいのかわからなくなる。
では、『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』ではどういったことが語られているのか?
ザ・ヴォイスの部分なんです。
注訳:
1993年、ファンが「I Will Always Love You」を爆音で再生し、近所の床板を揺らしたとして1週間拘留された
1993年、ホイットニー・ヒューストンの音楽に耐えられなくなった31歳の男性が近所のステレオを4階の窓から放り投げる事案が発生
伝説的歌手としてのホイットニーとニッピーを描いている
『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』は、家族から「ニッピー」の愛称で大切に育てられていた少女が、アリスタ・レコードの創設者であり音楽プロデューサーのクライヴ・デイヴィスにスカウトされて、時代を代表する大スターになっていく様子を描いた伝記映画です。
ホイットニーをテーマにした作品というのは、これまでにも何作か作られているのですが、どれも彼女の薬物依存や裏の顔に焦点を当てたものになっていました。どちらかというと、彼女のキャリアを傷つけるようなものが多かったかもしれません。
本作は、クライヴ・デイヴィスやホイットニーの家族といった彼女に最も近い人物たちが惜しみなく協力してできただけあって、ホイットニーとしての顔だけでなく、プライベートのニッピーとしての顔もバランスよく描いています。
ドラッグやボビーとの荒れた結婚生活、人気に翳りが出てき始めていたことを無かったことにせず触れていますが、あくまで彼女が唯一無二の才能をもった歌手であった事実を伝えるのを目的としています。
だから、鑑賞後は、ホイットニーへの愛しか生まれないというか、ホイットニーがいる時代を共に生きられて良かった! というか、ファンにとっても、改めてホイットニーが伝説的歌手であって悲劇の人ではなかったと再認識させてもらえる仕上がりになっているんです。
ホイットニーの曲はホイットニー本人ですら歌えないくらい難易度が高い
『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』を見たら、多くの人がホイットニーのコンサートに行ってみたいと思うでしょう。
前述のように、ホイットニーはコンサートがすごかったんです。CDとは異なるアレンジが効いていて、声量もパフォーマンスも段違い。「before Auto-tune, there was Whiteney Houston(オートチューンができる前にホイットニー・ヒューストンは存在していた)」なんて言葉があったくらい、彼女の歌唱力は完璧でした。
でも、2009年から2010年に行われた最後のワールドツアー「Nothing but Love World Tour」は散々の結果に…。
私はその当時、オーストラリアに住んでいたのですが、ブリスベンで行われたコンサートでは途中退席する人が後をたたず、返金請求までされたそう。
彼女のパフォーマンスを見られただけで喜ぶファンもいれば、「最悪のパフォーマンスだった! 」と怒る人もいて、かなりカオスの様子が報じられていました。10年ぶりのワールドツアー、しかもリハビリからのカムバックということで期待されていたし、興行成績的には成功したようですが、メディアからも「ホイットニーの曲はホイットニー本人ですら歌えないくらい難易度が高い」なんて言われ、キャリアは地に落ちたといっても過言ではありませんでした。
濁声になったホイットニーと、もうあの歌声を直接聴くことができない現実を受け入れるのは難しかったなぁ。きっと多くの人が絶望したはずです。なので『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』は、彼女のイメージをポジティブに方向転換させた素晴らしい仕上がりになっている一方で、天から授けられた才能が永遠に失われた現実を改めて突きつける側面もあるんですよね。
でも大丈夫(? )。ホイットニーのコンサートに行ってみたかった…とか、全盛期のホイットニーのコンサートにもう一度行きたい…! というファンの救済イベントみたいなのが用意されているんです。すでに海外では公開されていて高評価を得ているホイットニー・ヒューストンのホログラムコンサートが、1月26日〜28日(東京)、2月11日〜12日(名古屋)、3月25日〜26日(大阪)で開催されるんですよ。
ホログラムってどうなの?と思いましたが、ググってみるとリピーター続出のクオリティの高さらしい。というわけで、私もさっそく初日をポチりました。
なんだかんだといろいろ書きましたが、とにかく多くの人に観てほしいです。頭の中のホイットニーのイメージがポジティブに変わるし、理想的なディレクションにシフトさせてくれます。それが印象操作されているものであろうと、真実と微妙に違うところがあろうと構いません。素晴らしい功績を残した人を讃えるにふさわしいステージになっているし、伝記映画のあるべき姿だと思うので。
『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』は全国の映画館で絶賛上映中です。