わたしたちの生活に欠かせない道路や橋やトンネル。今、これらの社会インフラの多くが老朽化しつつあります。
すべてを作り替えるための費用を公共事業費で賄うことは、まず不可能。そこで「予防保全」という考え方のもと、今ある橋や道路をなるべく長く、そして安全に使えるように、不具合が起きる前に点検と修繕をしておくことが重要となってきます。
問題は、どの施設を、いつ、どのように修繕していくべきかです。作り替えや修繕がタイムリーに行なわれずにトンネルが崩落したり、土砂崩れが発生してしまったら、取り返しのつかない事故に発展しかねません。
このような社会インフラのマネジメント政策形成に一役買っているのが、ビッグデータです。
荒廃する日本?

国土交通省によると、日本の社会インフラの多くは高度経済成長期(1955年〜1973年頃)に作られました。そのため、今後20年間で建設から50年を超える施設の割合はどんどん増えていきます。
このように一斉に老朽化していくインフラを戦略的に維持管理することが、いま大きな課題となっています。
目視点検が主流

社会インフラの点検は、これまで主に専門知識を持ったベテラン技術者による目視によって行なわれてきました。
最近ではロボットを導入したり、赤外線・レーザー・電磁波などの非破壊検査技術が活用したりすることで、点検の効率化や質の向上が図られてきました。しかし、人材不足の問題もあり、日本中の橋梁・トンネル・下水道管すべてをタイムリーに点検することは非常に困難です。
だからこそ、時間も予算も限られている中で、データサイエンスを用いて科学的根拠に基づいた点検と評価を提唱しているのが大阪大学大学院工学研究科の貝戸清之准教授です。
以下、RISTEX(社会技術研究開発センター)が開催したオンラインメディア説明会で伺った話をざっくりとまとめます。
鉄筋コンクリート製の橋の平均寿命は40年

比較的に老朽化が進んでいる施設から順に効率的よく点検と修繕を行なっていくためには、まず社会インフラの寿命を割り出すことが不可欠です。
ところが、貝戸教授のお話ではそもそも社会インフラの寿命を割り出すのはとても難しいとのこと。

たとえば「橋」と言っても、その実態は千差万別です。一つひとつの設計が違いますし、建設に使われた技法も材料も異なるので、作られた時点から寿命に差があります。さらに、異なる環境条件や使用条件に置かれているため、劣化する過程もそれぞれ違ってきます。
そこで、貝戸教授率いる研究チームが開発したのが、ビッグデータを用いたインフラの劣化曲線を統計的に予測する方法論です。

具体的には、ベテラン技術者が蓄積してきた点検ビッグデータを「マルコフ劣化ハザードモデル」に入れ、劣化予測結果を導き出すというもの。統計学的な手法については、こちらの論文をどうぞ。

その結果、RC床版(鉄筋コンクリートを用いた床版)の橋の寿命は平均にして約40年だとわかったそうです。

さらに、橋の寿命が異なる使用条件・環境条件において変動することも確認されました。
たとえば大型車の交通量が多ければ橋の寿命は短くなるし、少なければ長くなる…と言ったように、寿命の変動性を定量的に示すことに成功したそうです。
活用例:大阪市の下水道管渠マネジメントマップ

この技術はすでに社会において活用されています。
大阪市では、市内の下水道管のおよそ5万カ所の目視点検ビッグデータをもとに統計的劣化予測が行なわれ、健全度によって色分けされた下水道の地図が作られました。
これがあれば視覚的に全体状況を確認できますし、どこを先に補修すべきか優先順位をつけやすくなります。
誰もがどこにいても安全に暮らせるように

国土交通省によれば、日本全国に架けられている道路橋の数は約73万橋。そのうちの約39%は2023年時点で建設後50年以上に達します。
老朽化が進む中、インフラ点検と補修を効率化するために、証拠に基づく政策立案──EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)が求められています。貝戸教授が開発した手法もまさにEBPM。長年にわたって蓄積されてきた技術者のノウハウをビッグデータに集約し、現場での目視よりもいち早く崩落の危険性を予測できる可能性が期待されています。
Reference: 国土交通省(1, 2, 3), RISTEX
Images: Osaka University Infrastructure Management Lab, 山田ちとら