なんでもありだなあ。
歴代最強の名を欲しいままにしているチェス王マグヌス・カールセン。その連勝記録を、9月上旬シンクフィールド・カップで53でストップした新星ハンス・ニーマン(19)。雪辱をかけた9月末の対戦でカールセンは1手動かしただけで投了し、遠隔操作の肛門バイブレーターによる不正があって抗議の棄権をしたのではないかとチェス界は大揺れ!! 肛門バイブの作り方が横道で脚光を浴びています。
過去に100回以上不正を繰り返していた模様
イーロン・マスクが途中で面白おかしく拡散したので全部冗談に聞こえちゃうけど、Chess.comが10月4日に公開した『ハンス・ニーマン調査報告』を読むと、ニーマンは少なくとも2年前までの間、大会で禁じられているコンピュータプログラムの不正利用を100回以上繰り返していたもよう。それを武器にありえないスピードで世界ランキングを駆け上ってきたのだとしたら事態は深刻です。
動画でボディチェックのようすを見る限り、不正の入りこむ余地なんてなさそうに思えるんですけどね。王者の負け惜しみ? 本当に不正はあった? 興味は尽きませんね。
チェスのいかさま9つピックアップ
今のデジタルチェスプログラㇺは高度な不正検出機能が自慢。それでもオンラインおよび対面で不正蔓延の噂や批判が絶えることはありません。AIが人間超えたことでチェスは永久に変わってしまったと危機感を抱く専門家もいます。パズルの謎解きの要素が消え、AIが導き出す最適解を単に記憶するだけになってしまったと。それにつれ不正もますますAI頼みになっているのは事実です。
もっとも過去をさかのぼればチェスはカンニングもかなり手が込んでいて、各時代における最先端テクノロジーをたどるよう。歴史に残るチェスいかさま事件、9つをピックしてみました。
チェス版チューリングテスト

Fritzチェスエンジンなどのチェス用ソフトウェア販売を手掛ける独ChessBase社によると、チェスのカンニングに最初にソフトウェアを使ったのは同社の創業メンバーたちとのこと(あくまでも「実験目的」)。
時は1980年、場所はハンブルクチェスフェスティバル。コンピュータエンジニア班とドイツの放送局がタッグを組んで行なったのが「チェス版チューリングテスト」。AIの指示を受けるAさんと受けていないBさんを対戦させ、機械であることがBさんにばれるかどうかを試すテストでした。
AIチームが対戦相手に選んだのはドイツのグランマスター、Dr. Helmut Pfleger(同社の実録より)。 会場からグランマスターの動きを逐一伝える要員がいて、それをコンピュータに打ち込んでAIが導き出した次の一手をトランシーバーでAさんへ。これだけ総力戦でやっても、結果はグランマスターのひとり勝ちで、AIの指示どおり完ぺきに駒を動かしても人間の壁を破ることはできませんでした。
時は流れて1997年。ディープブルー対ガルリ・カスパロフの歴史的対局でAIはついに人類代表に僅差で勝利します。これを境に差はみるみる広がり、不正も堰を切ったように蔓延したのでした。
あとから思えばチェス版チューリングテストは、だれもが不吉な未来におののいた「炭鉱のカナリア」的出来事だったと言えます。AIが支配する未来へのカウントダウンは、もうあのときに、はじまっていたのかもしれません。
世にも奇妙なジョン・フォン・ノイマンの物語

テクノロジーを駆使したカンニングチェスが最初に報じられたのは1993年、米フィラデルフィアで開かれた世界オープンでのこと。
ドレッドロックヘアにヘッドフォンの黒人の男性プレイヤーが「われこそはジョン・フォン・ノイマン」と偽名を名乗り(ジョン・フォン・ノイマンは20世紀中期まで活躍したコンピュータ科学者でありゲーム理論の専門家)、世界チェスランキング番外の身でありながらオープン戦序盤の9戦において過半数の勝利を収め、グランマスターとも引き分けまでもつれこむ快進撃を展開。「ヘッドフォン怪しすぎ」「対戦中にポケットのふくらみから振動音が漏れ聞こえた」とプレイヤーたちが騒ぎ出します。
あとになって2007年ニューヨーク・チェスいかさまカンファレンスでSteve Immitt全米チェス連盟元会長が明らかにしたところによると、この男、当時の大会ディレクターにチェスの基本知識を聞かれても答えに詰まるほどの素人だったのだとか。会場からつまみ出されて消えましたが、いまだにその正体は謎に包まれたままです。
トイレ休憩が多すぎる男

今でこそ腸内検査が当たり前だけど、当時はこれだけでも「そこまでやるか」と呆れられたものです。
2002年、独ラムパートハイム・オープンに出場したW.S.という名のプレイヤーは、何度も何度もトイレ休憩をとって対戦相手から物言いがつきます。調停員が尾行して確かめてみると…
「トイレからはなんの物音もしない。ドアの下からのぞいてみると、足は横向きで、用を足している態勢でないことがわかった。隣のトイレによじ登って上から見たら、W.S.はハンドヘルドPCを持って立ったままチェスプログラムをスタイラスでいじっているところだった」
棒立ちのW.S.の写真も調停員の証言にはちゃっかり添えられています。ばれたと知ってW.S.は慌てて傘を広げて隠したけど、もう手遅れでした。
フランスの3人組

ロシアで2010年に開かれたチェス・オリンピアードでは3人のフランス人トリオにいかさま疑惑が持ち上がりました。
フランスチェス連盟に疑義をかけられたのはグランマスターのセバスチャン・フェラーとその補佐役のCyril Marzolo、Arnaud Hauchard。Marzoloが大会の進行をオンラインで見て、次の手をチェスソフトで導き出して会場のHauchardに「暗号」で送り、Hauchardが会場の椅子をチェス盤に見立てて、次の手の席に座って、フェラーに教えるというリレーゲーム。
最初は疑惑を否定していた3人だけど、けっきょくはMarzoloが口を割り、大会主催者の国際チェス連盟から全員出場停止処分となりました。
PDAハック

2012年にはバージニアスコラスティック&カレッジチェストーナメントでClark Smileyという若者が連戦連勝を記録。
大会ではスコア記録アプリのeNotate とそれを操作する端末の持ち込みが許可されていたのですが、記録係がのぞき込むとSmileyは手持ちのDell PDAをサッとOFFにしてしまうのです。やっと頼み込んで見せてもらったら、Fritz製チェスエンジンが搭載されていたってわけ。
棋士はバージニアチェス連盟を除名になりました。米チェス連盟から永久BANになったかどうかはわかりませんが、テクノロジー活用は除名になるほど忌み嫌われていることがよくわかりますね。
サングラスに隠しカメラを仕込んだイタリア元町長

ミラノに隣接するブッチナスコのLoris Cereda元町長は2012年の大会で、サングラスに仕込んだ小型カメラで盤上の写真を撮ってチェスプログラムにライブフィードした疑いが持たれています。
2013年のThe Independentの続報には「最適な手を読み上げてイヤピースに吹き込んでいた」というイタリアチェス連盟の談話も載っていて、そんなことが可能なのかいな、となりますが。「こんなチェス愛の人間にそんな真似できるわけない。想像もできない」と当人は地元紙に疑惑を真っ向から否定しましたが、連盟の会員資格を一時停止になりました。
いろんな不正があるのは事実ですが、これは技術的にかなり無理って気がしますねぇ…。
もっとも元町長が清廉潔白な人かというと、そんなこともなく、任期中にはショッピングセンター開発委託契約締結の見返りに1万ユーロの現金を受け取った疑いで取り調べも受けているんですね。監視カメラの映像には、袋で建設会社から現金を受け取って、そのままスタスタ歩き去る姿が残っています。あの町長なら…と思われてしまったのかも。
対戦相手にトイレから引きずり出される

チェスでプレイヤー同士のボディコンタクトが許されているのは、対戦前後の握手と、同じ駒に手を伸ばして触れた瞬間だけですが、2013年には棋士同士でもみ合いになる珍しい出来事がありました。
アイルランド紙の記事によると、乱闘が起こったのはコークコングレスチェスオープン会場ホテル。16歳のアイルランドのプレイヤーがトイレに座ってAndroid端末でカンニングしていることに審査員が気づいた途端、 対戦相手であるルーマニアのGabriel Mirzaがトイレのドアを蹴破って引きずり出し、アイルランドチェス連盟が慌てて止めに入ったのです。ついにはアイルランド国家警察のGaraiが介入したこの事件。16歳少年(身元は不明のまま)はアイルランド国内で4か月出場禁止となり、当時48歳のMirzaのほうは10か月の出禁。まあ、成人ですしね…。
携帯をトイレットペーパーに隠したグランマスター

2015年ドバイオープンのグランマスター対決。
Tigran PetrosianはGaioz Nigalidze(ジョージア)が何度もトイレに駆け込んでくことを怪しく感じました。最初は主催者が所持品を調べても何の電子機器も含まれていなかったのですが、念のためトイレまで調べてみたら、トイレットペーパーの一部にスマホが1台隠されていて、Nigalidze棋士のSNSアカウント複数にログインした形跡があるではないですか。これでチェスプログラムにアクセスしていたんですね。
不正は国際チェス連盟に通報され、Nigalidzeは3年間トーナメント出場権剥奪となりました。
パンパース罵倒事件
最後は、チェスの知的な上流イメージがガラガラ崩れるような舌戦で絞めとしましょう。
2020年PROチェスリーグ。準決勝、決勝で対戦したのは、米フィリピン大会で3回優勝経験のあるWesley So率いるSaint Louis Arch Bishopsと、アルメニア大会で3回優勝経験のあるグランマスターIgran Petrosian率いるArmenian Eaglesです。結果はアルメニアの勝ちだったのですが、そこにSoから物言いがついて、「Petrosianが不正行為を行なった」と名指しで非難を展開したんですね。
すると怒ったPetrosianが「おまえがパンパースにおしっこしてるときからこっちは立派なチェスプレイヤーをやってきたんだ」とSNSに投稿。
GM Tigran Petrosian responds to Wesley So's cheating allegations 🍿 PIPI IN YOUR PAMPERS!!!! pic.twitter.com/VuVuUukIoc
— NoJoke (@NoJokeChris) October 1, 2020
「だったら掛け金5,000ドルずつ持ち寄って決定戦やろうぜ」と提案し、Soも受けて立つ構えだったのですが、決定戦の前にChess.comによる調査介入が入り、決勝、準決勝の両方でPetrosianのほうに「フェアプレー規則違反」があったことがわかりました。同プレイヤーはChess.comとPROチェスリーグを永久追放になりましたが、不正の具体的な手口はいまだに明らかにされてません。