音だけだから、記憶に寄り添える。100年以上働いた炭鉱電車に、Seihoは何を残したのか

  • author ヤマダユウス型
音だけだから、記憶に寄り添える。100年以上働いた炭鉱電車に、Seihoは何を残したのか
Seiho

福岡県大牟田市にある三井化学大牟田工場では、原材料の搬入に三井化学専用線(旧三池炭鉱専用鉄道)を使用してきました。工場に関連する専用鉄道は世界にも数多くありますが、この三井化学専用線は2020年5月に廃止となりました。

1909年に電車が走り出してから100年以上に渡ってはたらいてきた炭鉱電車。その別れを未来へのレガシーとして活用しようと企画されたのが、「ありがとう 炭鉱電車プロジェクト」です。炭鉱電車という呼び方は、地元の人たちが使う愛称なんだとか。

実際的なプロジェクトとしては、思い出エピソードの募集や映像化、ラストランイベントなどがあるのですが、このうち珍しいのが「音の資産」を記録するというもの。炭鉱電車の音をASMR音源としてアーカイブしようというものです。サンプリングされた音源は公開され、音楽制作などに用いてもOK

「音の資産」を手掛けたのは、ブランデッドオーディオレーベルのSOUNDS GOOD®。同レーベルは以前より企業やブランドがもつ固有の音を高品質に記録化し、コンテンツとしてアーカイブ化してきました。工場の音や職人さんの手さばきなど、その場にしか無い音の魅力の再発見という感じですね。

今回は同レーベル代表の安藤紘さんと、音源収録および楽曲制作に関わったアーティスト・Seihoさん、そして三井化学株式会社の松永さんにインタビューを行いました。炭鉱電車の音の記録って、どんな感じなのでしょう?

Sampling - “MITSUI CHEMICALS on SOUNDS GOOD”

Mitsui Chemicals, Incorporatedhttps://soundcloud.com/mitsuichem_soundsgood[SO...

https://soundcloud.com/seiho/soundsgood

──今回の「ありがとう 炭鉱電車プロジェクト」について、改めてお聞かせ願えますか?

松永:専用線の廃止ということで、事業的にはただやめれば良いだけなんですけど、100年前の車両をずっと修理しながら使ってきたんですよね。だから、歴史もあればやっぱり思い入れもある。なんとか文化として残しておけないかなと思って。

──100年間現役というのはすごいですね!

松永:例えば専用線が国道を横切っていたり、踏切が手動だったり、車を止めてもらって電車を走らせたりと、街に鉄道が溶け込んでいるんです。それって僕たちだけのものではないということですし、街の人たちにとっても“あって当たり前”だった風景やリズムがなくなると、ふと寂しくなると思うんです。そうした思いも含めて、映像や音を残せないかなと考えたのがスタートです。

──電車があるのが、その音が聞こえるのが当たり前の風景、ということですもんね。

松永:例えば、炭鉱電車が通る音で朝起きていたという方もいらっしゃって。ある種の環境音ですよね。だから、ASMRのようなきれいな音源にできないかと思い、さらにSeihoさんのように楽曲に使っていただければ未来に向けてのレガシーになるかなと。はじめは安藤さんと話をしていて、Seihoさんを紹介していただきました。

──安藤さんは、今回の炭鉱電車の廃止を聞いたとき、どう思われましたか?

安藤:SOUNDS GOOD®は、ノイズ(音)の価値や可能性をどんどん広げていこうと考えています。その時しか無い音、無くなってしまう音に、僕はとても面白さを感じていて、今回たまたま松永さんを紹介していただき、こうして参加させていただきました。

──Seihoさんは、今回のプロジェクトを聞いて、一番最初どう感じられましたか?

Seiho:これ、実際に皆で大牟田に行ったことがすごく大きいなと思って。行かずに音源だけもらって曲を作ってたら、たぶん熱量が全然違ったと思います。このプロジェクト自体の面白さとか、意義みたいなのが結構分かったかな、と。

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──炭鉱電車の音をASMRにするっていうアイデアはどう捉えられていますか?

Seiho:音楽的には、ミュージックコンクレートとか、別の音を使って音楽を作るのは1940年代から実験されていることで、特に新しいことではないんですよ。けど、今は大事なものもiPhoneで簡単に動画とかに残せるじゃないですか。その時代において、音だけにフォーカスしてそれを残して、しかもそれをどう伝えていくかっていうのは、ちょっと違うレイヤーで考えることだなって

安藤:ASMRの心地良さは各人の過去の経験に紐づくといわれていて、例えば咀嚼音を心地良く感じる人とそうでない人がいるように、その人の生きた経験の中にしか答えがない世界なんです。録音もiPhoneのマイクとかを使うと風切り音や雑音が入ってしまうので、機材や収録の面でも大変でした。

持ち込んだ機材一覧

・Zoom H6(ハンディレコーダー)
・SENNHEISER MKH 416(ガンマイク)
・TASCAM DR-100 MK2、DR-05(無指向性ハンディレコーダー)
・AKG C426B、C451-E(コンデンサーマイク)
・MOTU 8PRE-ES(オーディオインターフェイス)

──収録場所のチョイスは「あの音良いね」など、現場で判断されたのでしょうか? あるいは決め打ちで?

安藤:ある程度は松永さんと打ち合わせておきましたが、現場で決めたものもあります。手動の踏切切り替えレバーなどは現場で見て、これはぜひ録ろうとなりましたね。全部で21種類の音を収録し、Seihoさんに楽曲制作に使ってもらいました。

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──先ほどSeihoさんは「現場に行ったことが大きい」と仰っていましたが、実際の現場の雰囲気や第一印象はいかがでしたか?

Seiho:写真とかもそうですけど、人が撮った写真と自分が撮った写真って全然違うじゃないですか、意味合いからして。そもそも音の解像度ってすごく大きくて、人が会話してるときも、車の音やその向こうにあるものの情報が、一本の線になって大量に入ってるくるんですよね。複数の波形がいっぱい重なってるんじゃなくて、鼓膜を震わせる音の振動って一本の線なんです。

──まさに環境そのものの音ですね。

Seiho:だから、記録として考えたときに「ガチャン」っていう音をもらったところで、それはもう「ガチャン」って音でしかない。けれど現場に行ったら働いてた人がテンション上がって「こういうところもあるよ、ああいう音もあるよ」ってすごくいろいろ教えてくれて。そうしたテンションが上がった感じとかやりとりとか、そうした意味合いは現場に行ったから感じ取れる。音にフォーカスした場所もあったんですけど、逆に言ったらそれは街の人たちが聞いてる電車の音と絶対に違うじゃないですか。そんな近くで聞くわけないから。

──確かに。鮮明ですけどわざとらしいというか。

Seiho:だから実際に大牟田に行って「こんなに街の中を走ってるんや」「家から聞いてたらこんな感じなんやろうな」とか、そうした情報を知れたのがすごく良かったなっと思いますね。

──その感覚ってかなりフィールドレコーディング的ですよね。現場の空気を感じて、その空気感を音から呼び起こせるようにしておく。

安藤:ぜひ音源を聞いてほしいんですけど、電車に乗ってるときの音も、人の話し声が漏れなくちゃんと付いてるんですよ。そうした生々しいニュアンスも、僕はすごく心地いいなと思って聞いてました。

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──実際に収録していて、普通に生活していたらこの音は聞けなかったなというものなどはありましたか?

安藤:さっきも話した、手動で線路を切り替えるレバーの音ですね。今はもう手動でするタイプはないんでしたよね? あれは絶対に聞けない音だと思います。

Seiho:僕は電子音じゃない踏切の音ですね。あれはすごい良かった。

──え、踏切の音がアナログってことですか? スピーカーではなく?

松永:踏切自体に鐘が付いていて、それがカンカン鳴るんですよ。電子音ではなく、リアルの鐘ですね。日本にも数台しかないと言われていて、それだけを撮影に来られる鉄道ファンもいらっしゃいます。

Seiho:話を聞いたときは非常ベルみたいなものかなとイメージしてたんですけど、もっとゆるかった。音でいうと風鈴みたいな感じかなー。

安藤:現場で最初に録りましたね、みんな始めてみて聞いて、テンション上がって。

Seiho:あの音は癒やしですよホント。

──古いものが消えてゆくとき、その存在の証として写真や映像記録のように「音を資産にする」というアーカイブ方法には、どんな意味があると思いますか?

Seiho:これ、難しいのが、ビデオでも音声は一応とれるじゃないですか。だからビデオで残すこととの差を、僕自身でけっこう考えてて。そこって安藤さん的にはどう思いますか?

安藤:僕が思ってるのは、音だけのほうがそれぞれの解釈が生まれやすい。あと僕の感覚的には、音だけのほうが鳥肌が立ちやすい。映像だと見てるものが共通だから、あまり感動体験に差がないかなと思ってるんですけど、音だけだと自分の中で呼び起こされる映像も変わってくるじゃないですか。例えばオリンピックの音を映像じゃなくて音で残したら、聞いた人がみんな違うアングルでその様子を思い出すんだろうなって。

松永:私もそういう思いがありますね。音はそれぞれの人の記憶と密接につながる部分があると思うので、それって映像では表現しきれないじゃないですか。ある音を聞いたときに、良いものも悪いものも含めて個人の記憶や思い出が一気に思い浮かぶ可能性があるので、音で保存していくことの面白さを、今回は改めて実感しました。

Seiho:僕ももし現場に行かなかったら、近くでフォーカスされた音を楽曲の要所要所に使ったと思うんですよ。でも、映像じゃなくて音で残すこの企画の面白さを考えたら、やっぱりほかの人たちがそれをどう聞いてたかっていうところに思いを馳せる方が良いのかなって思えた。そこにさっき言った音の想像力みたいなところが掛け合わさって、働いてる人たちがその音をどう聞いてたのか、街の人がどう聞いてたか、あるいはもっと遠くで、知らぬうちに地元の電車がなくなって過ごしてる人たちは…。そうした、大牟田の人たちがどう聞いていたのかみたいなところを、すごく考えさせられました。こういうのって、映像で見せちゃったら多分一緒なんですよね。働いてる人からの目線であっても外からの目線であっても。その考え方を切り替えれたのが良かったかなと。

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──映像が客観で残る記憶に対して、音はそれを聞いて育った人の気持ちに寄り添う、内面から想起させる記憶と言えるかもしれません。

Seiho:映像って、どうしても誰かが見てる目線で作られるから、制作側の主観的なものになってしまう。それが、音だとVR的な感じで空間に入っていけるから、主体は聞く側なんですよね。だから、聞いた人が主体になって風景を見れる(思い起こせる)という意味では、映像とはちょっと違うんですよね。

──Seihoさん自身も、楽曲制作にフィールドレコーディングを多用されていますが、環境音を使うのと使わないのとで、制作の違いはありますか?

Seiho:僕は、人間がどこまで聴覚的に捉えられているのかとかを実験したいんで、すごい環境音入れちゃうんですよ。例えば水の音と森の音と、遠くに鳴ってる海の音とを、バラバラにとってひとつにまとめて楽曲の中に入れて、場面を切り替える、みたいなことをしたい。だから、僕が曲を作るときは視覚的に作ってて、映像からまず作るんですね。

今回の制作だったら、踏切が鳴ってるところから線路が続いて、ちょうど夕方のときはあの線路がきれいだったな、とか。だから現場に行ったときは、僕はあんまりレコーディングに集中せず、そのときのビジュアルをインプットしてました。駅舎を遠くから見たりとかして、視覚的な感覚を持ち帰ってきました。で、制作時にはその頭の映像を音として再現していくっていう作り方なんですよ。線路に座っている写真を撮ったんですが、確かこの路線に炭鉱電車が通るのは一日に2往復だけなんですよね?

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松永:そうですね。

Seiho:あとは、ちょっと話変わっちゃうんですけど、以前のアルバムで、自分で録ったフィールドレコーディングと他人が録ったフィールドレコーディングでどういう差が出るのかという実験作品を作ってて。それは記憶や思い出がフィールドレコーディングとどれぐらい結びついているのかということにもなるし、さっき話した踏切の音も、みんな聞いたらエモーショナルな気持ちになるじゃないですか。そういう思い出を想起させるもの。

でもそれは、きっと海外の人が聞いたら全然違う音に聞こえる。例えばセミの鳴き声を楽曲の中に入れたときに、セミに馴染みがない海外の人にとってはノイズにしか聞こえないけど、日本人が聞いたら「あ、夏なんやな」って、パッてイメージが浮かぶじゃないですか。そうした実験をしているので、例えばピアノの音を録る場合も、普通の演奏家ならどの音程で何を弾こうみたいなことを考えると思うんですけど、僕の場合はどんなピアノなのか、どんな場所で録るのか、誰が演奏したのかってことが重要なんですよ。それって写真や映像と一緒で、人のテンションやどういうタッチで弾いてたのか、どういう気持ちでピアノに向かってたのかっていうものを重要視するからなんです。

──先程話していた、映像と音の主体性の違いにも繋がる話ですね。映像は誰かの目線で、音は聞く人の目線になれるという。

Seiho:例えるなら、絵画ってあるじゃないですか。真っ白なキャンバスに色を重ねていって風景をつくっていくのは、音楽の作り方のベースにも似ています。でも、僕はものを配置していく彫刻的な作り方なんですよ。ここに木があって、ここ川が流れてて…みたいな感覚。絵画のように視覚映像を平面的に捉えるというより、ものを置くべき空間に入ってカメラアングルを探すみたいなイメージなんで、フィールドレコーディングとの相性がいいっていうか。

──「音だとVR的に空間に入れる」と表現されていたのは、まさにその感覚だったんですね。

Seiho:そうですそうです。さっき話した電車の中で聞こえる音なんて、そこで働いてる人しか聞けないわけじゃないですか。このときの音と、遠く離れた街中からその音を聞いたイメージの両方を持っておいて、それを音楽の中でパチっとスイッチングすると、切り替えた時に感情がふわっとするんですよね。

──その魅力と受け取り方は音楽ならではですし、音のアーカイブとしても、炭鉱電車100年のあゆみを描きとる意味でも、とても相応しい切り口だと感じますね。

松永:うちの工場の現場の社員、Seihoさんからあがってきた曲を聞いて泣いたらしいですから。

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音だけの記録は映像がなくて物足りない。そう思うのも一理ありますが、例えば規則正しい包丁のトントンという音や、子供の頃に聞いていた17時を知らせるアナウンスなど、音から呼び起こされる情景があるのも事実で、それらに深く向き合うと涙腺にクるのもさもありなん。音のアーカイブには、映像記録とは違った意味が、やはりあるのです。

炭鉱電車の音源や、Seihoさんによる楽曲を聞く時は、ぜひこのインタビューのことを思い出してみてください。大牟田市を100年見てきたその鉄道の音は、そこで暮らす人と街の営みが象る、歴史のレイヤリングなのです。

Seiho(セイホー)

大阪出身のアーティスト/プロデューサー/DJ。米Pitchfork や米FADER など、多くの海外メディアからのアテンションを受けながら、LOW END THEORY、SXSWといった海外主要イベントへも出演。国内外問わずアーティストのプロデュースやリミックスを手がける他、ファッションショーや展覧会などの空間音楽、映像作品の音楽プロデュースも行う。自らもインスタレーション作品を発表するなど、音楽家の垣根を超え、表現の可能性を追求している。



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